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大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)3245号 決定

債権者

島津雄之助

右輔佐人弁理士

荒川保男

債務者

佐藤金属工業株式会社

右輔佐人弁理士

中島信一

右訴訟代理人弁護士

中島純一

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、当事者の求めた裁判

債権者は、「債務者は別紙目録記載の緊締部材並にその半製品、部品等の製造、使用、販売、拡布の行為をしてはならない。前記物品及びその製作用型類、宣伝用パンフレット、型録などに対する債務者の占有を解いて債権者の申立てた執行官にそれぞれ保管を命ずる」旨の裁判を求め、債務者は主文同旨の裁判を求めた。

第二、仮処分の理由

一、債権者は、昭和三八年五月二八日出願、昭和四三年七月二七日公告、昭和四四年四月一日登録(第八六七八三五号)、名称緊締部材の実用新案の権利者であり、その登録請求の範囲の記載は、「円柱体1の下端中央部にネジ釘2を植立させると共に、その上部中央にはネジ釘2のネジのピッチより小なるピッチを為すメネジ3を形成させてなる緊締部材」である。

二、債務者は昭和四四年一二月二日以来債権者の警告を無視し、本件実用新案と全く同一の考案である別紙イ号図面並に説明書記載の緊締部材の製造、販売をしている。

三、債権者は、家具、工芸品の製造販売を業とし、本件実用新案の実施品を家具工芸品接手材インサートナットと称し、二分規格品製造価格一箇五円、二分五厘規格品製造価格一箇六円で販売しているほか、本件実用新案権につき松下電器産業株式会社、小泉産業株式会社その他に通常実施権を設定し、また他にも製造実施契約、販売代理店契約など締結し、この権利の全国的統一実施を図つている。

四、債務者の取引先は大阪市東成区深江東四丁目一一番地正和製作所を始め、主に関西、中国、四国に亘る約二〇社内外と推定され、これらは殆んど債権者側の取引先と重複するのみならず、債務者の取扱数量は月約二〇万箇、取引金額月一〇〇万円に達しているところ、一箇につき債権者製品より二円五〇銭安き、二分規格品は五円、二分五厘規格品は六円で廉売しているため、債権者は次々に顧客を喪失し、本件債権者の実用新案権は有名無実のものになりつつある。

そこで、債権者は債務者を相手方とし右緊締部材の製造販売行為の差止めを求める本訴を提起する予定であるが、その裁判の確定を待つていては、その間に債権者の得意先は殆んど失われ、後日回復し得ない損害を蒙る恐れがあるので、本件仮処分申請に及んだ。

五、債務者は、本件実用新案は新規性を欠くものであると抗争するけれども、たとえ、公知公用に属するものについて実用新案権が賦与された場合でも、その登録査定が違法であるにとどまり、実用新案権は、これにつき確定せる無効審決がない限り、登録の効果として発生する私法上の権利を任意に奪うことはできない。

したがつて、債権者主張の抗弁は理由なきものである。

第三、債務者の答弁並に主張

一、債権者主張の申請理由一、二の事実は認めるが、同三の事実は知らない。同四の事実は争う。

二、本件実用新案は、その登録請求の範囲に記載通りの技術がその出願日既に公知であつた。すなわち、登録要件たる新規性を欠如するものであるので、債権者は昭和四五年二月二〇日特許庁に対して本件実用新案権につき無効審判を請求した。

故に、本件仮処分申請は不当であり、却下さるべきである。

第四、当裁判所の判断

債権者が本件第八六七八三五号緊締部材の実用新案の権利者であること、その登録請求の範囲の記載が債権者主張のとおりであること、債務者が別紙イ号図面並に説明書に示す緊締部材の製造販売をしていることについては当事者間に争いなく、右緊締部材を本件実用新案の登録請求の範囲の記載に照らすと、右緊締部材が本件実用新案の登録請求の範囲に記載の考案構成要件のすべてをそのまま具備していることが明らかである。

ところが、債務者の疎明によると、各種部品の結合を目的とする緊締部材として、本件実用新案の登録請求の範囲に記載せる、「円柱体の下端中央部にネジ釘を植立させると共にその上部中央にはネジ釘のネジのピッチより小なるピッチを為すメネジを形成させる」という考案は、昭和三一年一二月四日特許庁資料館受入、米国特許第二三七七三九七号(疎乙第五号証)、英国特許第六六〇三四二号(疎乙第七号証)などに図示されており、本件実用新案出願時たる昭和三八年五月二八日には既に公知であつたこと、債務者は昭和四五年二月二〇日付をもつて本件実用新案につき登録無効審判を請求し、特許庁に右事件が係属中であることが疎明される。そうすると、被申請人の無効審判の請求が容認せられる見込なしとしないから、本件実用新案権は目下のところ一応有効なものと解さざるを得ないとしても、早晩無効となるかもしれない不確実なものと認めざるを得ない。

右事情を考慮すると、右実用新案に基づく差止請求権を被保全権利とする本件仮処分請求は、結局被保全権利の疎明不十分に帰すと認めるのが相当であり、保証をもつて仮処分理由の疎明に代えしめることは相当でない。

なお、仮処分を必要とする特別の事情を認むべき資料もない。

以上により、本件仮処分申請は理由なきものと認めて、主文のとおり決定する。(大江健次郎)

(イ号図面ならびに説明書)〈省略〉

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